エンタメ・芸能

薬丸裕英と妻・石川秀美が所属する事務所はどこ?どんな会社?長期間活躍する秘密は?

※本ページはプロモーションが含まれています

15歳でデビューした薬丸裕英さんは現在57歳

40年以上も芸能界の第一線で活躍なさっています。

アイドルという職業でしたが24歳で結婚し、3男2女の父親になるという、仕事も家庭も手に入れたまさに夢のような人生を送っていらっしゃいます。

今年の春からはご自身の公式ブログで、帯状疱疹を発症したり、結膜下出血を患っていることを明かしていた薬丸裕英さん。

体調が心配でしたが、11月に入ってから公式ブログの投稿によると、奥様とご一緒にハワイに行かれている様子をアップされています。

のんびりとなさって、体調も回復しているのではないかと安心しました。

そんな薬丸裕英さんと妻の石川(薬丸)秀美さんが現在所属している事務所はどこなのか

どんな会社なのかを調べてみました。

薬丸裕英プロフィール

薬丸 裕英(やくまる ひろひで)
生年月日 1966年2月19日(57歳)
出生地 日本、東京都武蔵野市
身長 170 cm

血液型 B型

経歴(旧ジャニーズ事務所)

1980年、中学2年生(14歳)の終わりに、友人と共にジャニー喜多川からスカウトされ、ジャニーズJr.となる。

1981年、TBS『2年B組仙八先生』でデビュー。

1982年5月5日、シブがき隊としてシングル「NAI・NAI16シックスティーン」で歌手レコードデビュー。

メンバーは本木雅弘、布川敏和で3人組男性アイドルグループ

1988年11月2日にシブがき隊解散 (解隊)。

薬丸裕英さんだけはジャニーズ事務所に残ってソロタレントとして活動。

事務所移籍後

1年後にジャニーズ事務所を退所し、スリーシーズンへ移籍。
1990年6月、24歳の時に、アイドル時代から交際を続けていた1歳下の石川秀美さんと結婚
当時、石川秀美さんはすでに妊娠8か月だった。
アイドルとしては異例の若さでの結婚は大々的に取り上げられていた。
石川秀美さんは結婚後に芸能界を引退。
1996年から2014年まで17年半にわたり、岡江久美子とともにTBSの朝の帯番組「はなまるマーケット」の総合司会を、岡江久美子とともに務めています。
2000年、世田谷区成城に土地 135坪、延べ床面積 111坪の土地の推定価格だけでも5億円の豪邸を20年ローンで建築。
2014年4月17日、オフィシャルブログ「Rainbow Family (旧名:なないろ印)」を開設。
ブログの旧タイトル「なないろ」の由来は7人家族であることからつけている。

体調不良

2022年8月26日、コロナウイルスの感染が発覚。
2021年9月、帯状疱疹を発症。
2023年4月、再び帯状疱疹を発症。
同年5月中旬、結膜(白目)の毛細血管が破れて出血(結膜下出血)し、白目の半分を覆うほどの出血斑が生じる。 原因は不明。

薬丸裕英が所属する事務所はどこ?

デビュー後の薬丸裕英さんが所属した事務所は以下の通りです。
ジャニーズ事務所
スリーシーズン
ノースプロダクション ( – 2016年5月)
オールラウンド (2016年5月 〜 )
ジャニーズ事務所退所後のスリーシーズンから、ノースプロダクションへ移籍した時期はわかりませんでしたが、現在はオールラウンドという事務所に所属しています。

オールラウンドとはどんな会社?

薬丸裕英さんが所属している事務所はどのような会社なのでしょうか?
オールラウンドは日本の芸能プロダクションです。

オールラウンド所属タレント

主な所属タレント
小倉智昭(オーケープロダクションより移籍)
室井佑月(同上)
広瀬修一(同上)
槙原寛己(ノースプロダクションより移籍)
薬丸裕英(同上)
福澤朗(同上、元:日本テレビ)
眞鍋かをり(同上)
寺川奈津美(ウイングより移籍)
薬丸秀美
砂守岳央
笠井信輔(元:フジテレビ)
大空幸星(NPO法人「あなたのいばしょ」理事)
結城豊弘(元讀賣テレビ放送アナウンサー→ディレクター・プロデューサー)
薬丸裕英さんの妻・薬丸秀美さんも同じ事務所に所属していますね!

オールラウンドの会社概要

株式会社オールラウンド
所在地 東京都千代田区神田神保町1-10 カメラ太陽堂ビル5F
代表取締役社長 阿木 武史
設立 2016年5月
【事業内容】
タレント・歌手・俳優のマネ-ジメント及び養成
文化人等のマネ-ジメント
公演・イベント等の企画制作
レコード、CDの原盤及び録音物の企画、制作
ラジオ、テレビ番組、映画等の企画制作
広告宣伝の代理業務

社長の阿木武史さんはどんな人?

2016年に設立した株式会社オールラウンドの社長阿木武史さんは渡辺プロダクション出身。
阿木武史さんは渡辺プロダクション新卒3期生です。
その後イーストグループのオーケープロダクション・ノースプロダクションの社長を務めました。
その関係もあってオールラウンドには、両社に所属経験のある芸能人が多くいるのですね。

長期間活躍する秘密は?

1988年にシブがき隊が解散します。
この時薬丸裕英さんは 22歳。
当時はアイドルのグループ解散が早かったですよね。
シブがき隊の人気絶頂期(10代のころ)にメンバーの本木雅弘さんはインタビューで
「5年後、10年後にも僕たちシブがき隊です!とは、たぶん言えないですよね。」と
話していました。
10代アイドル時代から冷静に自分達の未来を見ていたのですね。
グループとしての活動期間が短かったシブがき隊
シブがき隊の次にデビューした少年隊は、デビュー直後にメンバーが東山さんに交代。
その後最近までグループ活動が続きましたね。
いずれにしても、シブがき隊解散後1年後にジャニーズ事務所を退所し、スリーシーズンへ移籍を果たしています。
当時アイドルが事務所を移籍するのはハードルが高かった時代です。
シブがき隊の3人は、退所後も個人の芸能活動が上手くいっている良い例だと思います。
中でも、薬丸裕英さんは1996年から2014年まで17年半もの長期間にわたりTBSの朝の帯番組「はなまるマーケット」の総合司会を務めました。
3男2女の父親となった薬丸裕英さんは、家庭、育児、食事をテーマにしたトークや司会、著書などを行って大人気。
歌手時代とは違った芸域を開拓できたことが長期間第一線で活躍できた理由だと思います。

まとめ

今回は薬丸裕英と妻・石川秀美が所属する事務所はどこ?どんな会社?と題してお届けしました。
最近はアイドルの事務所独立が注目されていますね。
今回はアイドル全盛時代の1990年代に事務所の移籍を行って、現在まで長期間にわたって第一線で仕事をし続けている薬丸裕英さんについて調べました。
最近は体調不良のニュースが多いので心配ですが、ハワイでのんびりと充電なさって、また今後の活躍を楽しみにしています。